JTU医療救護指針(1998年作成※a)を現在の情勢に合わせてメディカル・アンチドーピング委員会内で検討したものを改定案として公開いたします。
ITU運営基準(オーガナイザーズマニュアル※b)も考慮されており、今後は、「運営規則」ではなく「運営基準(マニュアル)」とします。
各地からのご意見を踏まえながら、改定を重ねてゆく予定です。各加盟団体、大会主催者におかれましては、これを基準に、大会に即した医療救護体制を構築することをお願いいたします。
公益社団法人日本トライアスロン連合(JTU)運営基準:医療救護指針(2013/6/10現在)
◆第74条(総 則)
1.この医療救護指針は、JTU主催・共催・後援大会の競技者の救護活動に関するものである。一般大会においてもこれに準拠する。 なお、国際トライアスロン連合(ITU)大会では、別の対応が求められる。
2.この指針はITUのスタンダードディスタンス(51.5キロ)世界選手権の医療救護指針にもとづき、日本国内の実状を考慮し作成した。
3.医療救護体制は、開催地の気象条件・参加人数などにより十分な安全が確保できるように整える。
4.大会開催に際して、参加競技者の安全対策、救護活動が最重要事項である。
5.地域医療に大きな支障を与えないように、大会規模ならびに医療救護体制を整備することも大会成功のために重要である。
※補足説明
・「医療救護指針」は、“規定”ではなく“指針”として明示されたものである。トライアスロンや関連複合競技の大会現場は、個々に環境が違い、一律に適用することが難しいことがある。
上記の5.で示されるように、地域医療に著しい影響があれば、大会の継続も難しくなるかもしれない。一方で、地域医療との兼ね合いをとりながら、極限的な状況にまで達することがある競技者の迅速な救護を考慮しなければならない。
・メディカル関係事項は、技術・審判や他部門とも密接につながっている。そのため、大会の準備会議や選手説明会などでメディカル部門の注意を直接説明してもらうようにしたい。
・技術・審判員は、メディカル業務がスムーズに行えるよう支援する。
・競技者と医療の関係にかかわるルールは、JTU競技規則第3章第12条1 (個人的援助)に明記されたとおりである。
「競技者は、第三者の援助を受けて競技してはいけないが、エイドステーションやメディカルテントなど定められた場所での援助は認められる。また大会医療スタッフによる診断・治療は援助とはみなされない」
・以上により、医療スタッフが、緊急時と判断した場合は、すぐ対応するべきであることが分かる。さらに、ふらつきながら走っているような競技者がいたときは、「審判員に指示し、競技を停止させ様子を見る」ことも権限として認められる。
◆第75条(医療要員)
1.競技医療責任者(Race Medical Director, RMD) :組織委員会より選任され、JTUメディカル委員会の同意を得た医師が担当する。
(競技医療責任者は、大会当日の医療要員の任命、医療テントの組織化、器材の準備において全責任を負う。
(競技医療責任者は、トライアスロンや関連複合競技の医療救護の経験を有していることが望ましい。
2.医師:原則として医師は配置する必要がある。参加競技者200名までは2名の医師が必要である。以後、200名増える毎に1名増員する。コース、テント数などにより適時増員する。
(救急治療医学の経験を有する医師を、1名以上参加させなくてはならない。
3.看護師:原則として医師と同数の看護師を配置する必要がある。トレーナーなどの医療補助スタッフがいる場合は人数が少なくなってもよい。
※補足説明
・大会により医療マッサージ・スタッフを置くことがある。一般に、ロングディスタンス・トライアスロンでの対応が多く、短距離タイプでは、設置しない傾向にあるようだ。
・トライアスロンが導入された当初は、競技者もマッサージが当然と考える傾向が強く、スタッフ調達も大変であった。また、「医療」に該当しないで受けることも多かった。マッサージを受けた競技者は、医療記録に残され、選手評価の資料とされることがある。
◆第76条(医療テント)
1.設置場所・サイズ:医療本部テントはランフィニッシュに隣接した場所に設置する。
2.医療テントの設置は他の全てに優先する。医療テントは参加競技者の2%に相当する数の簡易ベッドを置くことができ、また連絡と器材供給のためのスペースが確保できる十分な大きさにする。
3.必要があれば小規模の医療テントを設置する。
※補足説明
・大会の平均温湿度により、高温環境下では扇風機やアイスバスの設置、クーラー付きのコンテナハウス設置も効果的である。また低温環境下(低水温を含む)では、ストーブや湯たんぽ、お風呂、採暖用車両などの暖房器具・施設の設置が効果的である。
・医療テントは、競技者ばかりでなくボランティアスタッフや観客のためにも使用されるものである。
◆第77条(医療器材・器材補助)
1.参加競技者の外傷(擦過傷、捻挫、骨折など)の処置に必要な包帯、副木、テープなどを準備する。(※1)
2.心肺停止、熱中症や低体温などの急性内科的障害に対処できるように準備する。
3.医療テントでの外傷の処置は、応急処置にとどめ、重症が疑われる場合は後方病院に依頼する(医療テントでの縫合は不潔になりやすい)。
4.体温計はベッド1台あたり1個を目安に用意する。できれば深部体温計(鼓膜温)も合わせて用意する。
5.AEDは必ず用意する。台数は複数が望ましい。
6.聴診器は各人1個ずつ用意する。
7.血圧計は看護師2人あたり1台用意する。
8.飲料水はエイドステーションなどで十分な量を確保できるように用意しておく(数・量についてはエイドステーションの項を参照)また、医療責任者の判断で医療テントにも飲料水を用意しておく。
9.熱中症対策として塩タブレットや経口輸液(例:OS-1など)の準備が必要である。
10.低血糖症対策として、ブドウ糖タブレットなどの経口摂取可能な糖分の準備が必要である。
11.大会本部と医療本部テント間は確実に連絡をとれるようにしておく。 審判員、大会運営本部との間に複数の連絡手段(携帯電話、無線機など)を確保すること。
12.救急車との通信に使う無線設備を医療本部テントに備える。
13.輸液の使用について…診療所登録を行っていない救護テントにおいて点滴などの医薬品を使用することは法的に問題がある。またドーピングの問題もあり、選手への点滴は経口摂取が困難な症例に限定するべきである。熱中症が発生する可能性が高い大会において経静脈輸液を準備する必要がある場合には、救護所の診療所登録を検討する、もしくは救急車を大会会場に待機させ、その中で輸液投与を行うべきである。
14.氷は参加競技者5名あたり1キログラムを医療本部テントに用意する。
※補足説明
・大会主催者は、救護体制に関して、事前に救護担当医師と詳細に打合せておくことが必要である。
※1.傷害発生率は51.5kmのエリートカテゴリーで約5%(95%信頼区間:2.0〜7.5%)、エイジカテゴリーで約4%(95%信頼区間:3.1〜5.2%)、スプリント距離で約3%(95%信頼区間:2.6〜4.2%)、ジュニアカテゴリーで約3%(95%信頼区間:0.9〜4.4%)、キッズカテゴリーで約2%(95%信頼区間:1.7〜3.1%)である。このデータは2003-2010年の近畿地区大会における救護記録を元に算出した数値であり、地域、大会開催時期によって数値は変わるため、あくまで参考としてほしい。
◆第78条(救急車両)
1.主催者は、救急車両の所轄機関に大会概要を説明し、緊急時の対応を要請する
2.大会現場には救急車を待機させることが望ましい。ただし地域によって救急車の会場待機が困難な場合がある。この際には搬送要請してから会場に救急車が到着するまでの時間をあらかじめ把握しておく必要がある。
3.競技コースや現場医療施設、さらには救急車両の現場へのアクセス方法・時間を考慮し、総合救急体制を確立する。
4.救急車の有無にかかわらず、傷病者搬送が可能な大会救護車両を少なくとも1台は準備する。
5.ランフィニッシュ地点と医療テントは、救急車が直接乗り入れる事が可能なように配置する。
※補足説明
・大会の開催地は、一般に都市部から離れた所で開催されることが多い。そのため、救急車両を大会現場に張りつけることが難しいことがある。その場合は、現場体制を充実するなどで相互的に補足することになる。
◆第79条(病院の選定)
1.少なくとも1カ所、できれば2カ所の近隣の病院に大会中の救急受診に関して承諾を得ておく。
2.病院の医師と、収容する競技者の到着する前に連絡を取り、その競技者の状態について詳しく報告する。病院に収容された競技者については、できるだけその後の経過を追うようにする。
※補足説明
・緊急時の医療については、「誓約書」において明記された内容が、主催者と競技者の間の基本的な合意事項といえる。
・一般に、「競技者は、緊急医療を受けることを了解する」もので、それ以降の処置については、個々の問題とされる。さらに、大会傷害保険で適用される範囲内とされることが多く、一般に慰謝料などを含むものではない。
・病院に収容された場合の経費については、競技者が持参する「保険証」での適用が一般的である。
・傷害保険の適用には、大会での傷害であることを証明することが必要とされる。
◆第80条(医療記録)
1.処置をした競技者あるいは診察した競技者の医療記録は個別に保存しておく。
2.大会が終了したら速やかに記録のコピーを、JTUメディカル委員会に提出する。
※補足説明
・大会での医療体制は、現場での対応のみならず、ケーススタディとして他大会でも有効に利用されるものである。
・さらには、トライアスロンの医事科学面からの競技者育成そして強化にも活用されるものである。
◆第81条(医療監視員)
1.医療監視員は参加競技者150名当たり1名とする。
2.医療監視員には医療要員、医療補助要員があたり、医療処置が必要な競技者を識別し医療本部まで付き添うためにラン・フィニッシュ地点で待機する。
3.大会の状況により、他の業務との兼任も可能である。
※補足説明
・長距離耐久種目ともいえるトライアスロン競技では、競技者の完走する喜びが大きく、必然的に限界ぎりぎりでフィニッシュすることが多い。
・十分な水が素早く手渡せる態勢が必要であると同時に、倒れこんでくる競技者への緊急対応は必須である。医療本部は、フィニッシュ地点から至近距離に設置することはもとより、その場にも対応可能な医師や看護婦が必要とされる。
・医療監視員は、Medical Spotters. (以上)
※a)http://www.ny.airnet.ne.jp/nara/jtutc/ope_19.html
※b)http://www.triathlon.org/uploads/docs/eom3-techops-eventsdepartment-20100331.pdf