第1種公認審判員資格の作文(再提出)を回覧いたします。次回のJTU理事会(9/17横浜)で承認予定です。全国からのご意見がございましたらお願い申し上げます。
2011年度 第1種公認審判員資格<新規申請作文>
社団法人 東京都トライアスロン連合 第2種審判員 大村真人
■大会運営面・技術面への提案
「2010東京都トライアスロン渡良瀬大会での変更基準・中止基準について」
私は2004年より社団法人東京都トライアスロン連合(以下「TMTU」と標記。)の主催事業である「東京都トライアスロン渡良瀬大会」(以下「当大会」と標記。)に、理事として運営面から関わっている。
渡良瀬遊水地は、過去、足尾銅山の鉱毒を沈殿させ無害化することを目的に渡良瀬川下流に作られた4県(群馬、栃木、茨城、埼玉)にまたがる遊水地で、現在は洪水調整や都市用水の補給といった機能を果たしており、広大なヨシ原を備え、多くの動植物が生息し、自然豊な広大な遊水地としてなっている。そして、安定した水域、閉鎖された競技環境等を備え、都心から2時間足らずで、大自然の中で競技ができる関東におけるトライアスロンのメッカとして発展している。
TMTUにおいても、当大会が主催事業として安全性、競技性を確保し、財務的にもバランスさせながら、参加者が満足する継続事業として発展していくことが求められる。2009年、当大会は天候という自然の直接的な影響を顕著に受ける年になった。熱中症を原因とする落車等で救急搬送する選手が続出した。これを踏まえて2010年度は、高温時の安全対策を事前に検討することが急務となり、TMTU技術委員長から提出のあった資料に基づき、変更基準や中止基準の各案の整備を進めた。
他大会への水平展開との観点から、変更基準・中止基準を中心に、以下提案したい。
(1) 背景
@夏の異常気象傾向
昨今の地球温暖化の影響もあり、ここ数年の夏は異常気象の傾向が続き、熱中症対策は日本の産業界も含め社会的な課題となり、真夏に予定されるトライアスロン大会でも避けて通れない重要な安全対策である。
当大会は、毎年7月の最終日曜日に開催される51.5kmのエイジグループ選手を対象とする一般大会である。日陰のないコース環境、気象庁館林地区管轄という日本でも有数の高温エリアでもあり、2010年の夏も早くから猛暑が予想された。結果的に、館林観測所(渡良瀬遊水地から西に約10km)での大会当日の最高気温は2年続けて35℃以上を記録した。
A当大会の是正処置
2009年の当大会で、熱中症が原因で主にバイク競技中に倒れる選手が続出し、ランフィニッシュ後もメディカルテントで24名以上の選手が応急処置を受けた。バイク時落車による骨折3名、ラン時歩行困難1名、計4名が救急搬送となった。
熱中症対策は必須課題として、昨年の早い段階からTMTU内にて検討を重ね、エイドステーションへの氷、塩飴、スポーツドリンクの準備のほか、医師監修の熱中症注意喚起チラシの配付の手渡しを行った。その効果のほどは確認できないが、予防策として今後も継続的に実施していくこととしたい。
さらに、複数ドクターを含めたメディカル体制の充実、審判員間の緊急時対応の確認はもちろん、「高温による変更・中止基準」を具体的に当大会で新たに導入することとした。
(2)基準の検討
渡良瀬遊水地は、TMTU以外にも、関東ブロック・埼玉県連合・群馬県協会・学生連合・ケンズ等関東地域で活動するトライアスロン関係者が大会を開催し、正に“トライアスロンのメッカ”である。ここは、国土交通省関東地方整備局管内であるため、その使用許可はその出先機関である出張所に申請している。その申請書類の中に「荒天の際の中止基準等」を毎年提出していたが、その“荒天”とは、落雷、大雨を想定していたもので、高温時の対応というものがなかった。
そこで、TMTU技術委員長に相談し、高温時の中止基準・変更基準案の作成を依頼し、一定の気温設定とその妥当性の検証作業を実施した。この検証の根拠データであるACSM(American College of Sports Medicine)では、持久競技はWBGT27.9度(気温31℃に相当)以上でレベルを問わずキャンセル、非持久競技でも一般競技者はWBGT30.1度(気温34℃相当)でキャンセルという基準が設定されている。
※WBGT(Wet Bulb Globe Temperature、湿球黒球温度)
人体の熱収支に影響の大きい湿度、輻射熱、気温の3つを取り入れた指標。
乾球温度、湿球温度、黒球温度の値を使って計算される。
屋外の場合:WBGT=0.7×湿球温度+0.2×黒球温度+0.1×乾球温度
上記ACSMの数値を参考に基準設定すると、2009年の大会当日の最高気温は36.8℃だが、午前9時時点では28℃台であり、スタート前の気温で判断することは現実的ではない。またスプリントディスタンスに変更すれば、最高気温に到達する前の午前中に大半の選手が競技終了でき、途中中止となる可能性は低い。館林地区の過去データによるここ数年の最高気温の平年値は31〜32℃程度で推移(2009年と2010年が突出、2011年は25.8℃)しており、本基準でも51.5kmで実施できる可能性は高い。
(3)基準の設定
上記(2)の検討結果から、次のような変更基準・中止基準を設定した。
@変更基準は気温31℃以上で距離を半分に短縮(※参照)。
中止基準は気温34℃(WBGT=湿球黒球温度30.1℃)以上で中止。上記測定はスタート時間前に実施、競技中も継続的に測定し上記基準を超えた時点で中止とする。
A上記の変更・中止は、スタート1時間前の競技実施検討会で協議のうえ、最終判断される。※距離を半分に短縮
当大会の51.5kmのコースは、スイムは0.75km×2、バイクは10km×4周回、ランは5km×2周回であるため、距離を半分(スプリント)にする場合は、各々周回数を半分に短縮とする。競技短縮によるタイトル授与については、当該カテゴリーが変更を伴ったとしても公式結果として成立要件を満たせば、基本的に変動しないこととする。
(4)競技中に競技中止となった場合の審判員の対応と競技成立について
競技中の選手は各種目の競技中の周回を終えた時点で競技終了とする。バイク競技は計測地点の設営上、バイクを置いてランスタートの計測地点を通過した時点で終了とする。順位はカテゴリーごと出場者の1/3以上が終えた周回で認定する。当該周回に至らなかった選手は終了した周回ごと順位付けする(後述8(3)を参照)。
(5)測定体制と周知
TMTUではWBGT測定も対応可能な気温計を事前に準備し、当日の専任測定者も決めて万全を期した。但し、上記気温計も計器誤差(±2℃)がありその点も考慮しなければならず、最終的には当日の現場での状況で判断することとなる。
スタッフマニュアル@への記述は以下にとどめ、各パートチーフへは実行委員会で詳しく説明し周知徹底を促した。また、選手への事前インフォメーションは大会2週間前に送付(HP掲載含む)した最終要項Aに以下のように記載した。
@スタッフマニュアル
『大会中止・競技変更等の協議は、9時00分(渡良瀬大会)に本部にて競技実施検討会を開催。中止・変更基準等は「緊急対応指針」による。結果は会場アナウンス、無線連絡にて周知。特に今年は熱中症対策による変更の可能性大。』
A選手最終要項
『原則雨天決行としていますが、悪天候の場合は大会当日、渡良瀬大会は9時00分過ぎに競技実施検討会を開催し、開始・遅延・中止等のアナウンスを会場にて行います。状況によって、競技中止・距離短縮・男女同時スタート・アクアスロン・デュアスロン等に変更する場合もあります。』
(6)当日の実施による検証
2010年大会当日の8時時点の水温は32.0℃、9時時点の気温は32.8℃(WBGT32.2℃)であったため、競技実施検討会にて、午前中に競技が終了できるスプリント競技に変更することを決定した。直ちに会場アナウンスで選手に、スタッフにも無線連絡で周知徹底を図った。
・各種目周回数を1/2とするだけだったため、運営自体は混乱なくスムーズに移行できた。
・スプリントに短縮することによる予想していた選手からのクレームは、大会本部に
は無く、審判員からの報告もなかった。
・種目毎のカットオフタイムを無くし、トータルの2時間のみで制限時間を設定した。
・DNFは、スイム4、バイク3、ラン2、計9名(ラン2名のDNFは途中で体調不良のためリタイア)。最終フィニッシュ選手は1時間57分台だったため、2時間の設定は妥当と思われる。
(7)基準の見直し
@当初は予想気温を判断基準にしていたが、最高気温は通常14時以降であり、午前中に競技終了となるスプリントでの対処は、中止を回避できる現時点での最も有効な方法と思われる。従って、基準自体は現場測定値(誤差含め)と予想気温を照らしてフレキシブルに対応できる内容にすることが望ましい。基準を作っても、実際に運用できる基準でないと意味がない。
A昨年の大会当日の9時時点の気温は32℃を超えていたが、例年であれば毎年30℃を下回っている。その9時時点の現場の気温と発表されている予想気温とを照らして、短縮するか中止にするかという最終判断になるが、選手の側からすれば、中止は極力避けたいのが心情であり、この点が判断上、一番難しいところだと思う。
B気象庁発表の気温は、電気式温度計を「通風筒」に入れて観測しているため、2010年大会はテント外で測定した現場数値とは明らか差が出た。温度計が温まり正確な気温が測れないことと予想気温との整合性も含め、少なくとも今後は風通しの良いテント内で測定すべきと思われる。
※気象庁館林地区の当日データの検証
2010年7月25日の9時時点29℃台、12時時点32℃台、34℃超は13時30分以降に観測されており、結果論ではあるが、9時時点でスプリントに変更したことは適切な判断だったと思われる。
(8)その他の基準
@水温の基準の設定と前日の確実な測定
前日の午後の準備時に、スイムのコースロープ設営作業中に担当者が水温を測定したが、表面測定だったこともあり35℃前後だったというデータ報告を前日夜の最終ミーティングで聞いた。前日も正式に水温を計ることを怠ったことは次回の反省であるが、そこまで高いとは予想もしておらず、水温の基準については議論もしていなかった。水深計の機能を有する水温計は市販されており、大会準備での必需品に加えたい(TMTUでは既に所有)。ここ渡良瀬遊水地は洪水調整機能をメインとしているため、水の流れが少ないことから水面温度は渡良瀬特有のものと思われ、単純に他大会に当てはめることはできないが、ローカル基準を今後検討し、設定していきたい。
※水温の基準について
2011年度の基準見直しで、水温は気温と同じ数値で設定した(変更基準31℃、中止基準34℃)。
Aウェットスーツ
ウェットスーツ着用義務という参加条件を見直したい。国交省関東地整渡良瀬遊水池出張所のウェットスーツ着用の見解は、2年前より着用義務ではなく任意となった(もっとも国交省の着用の見解は安全面ではなく衛生面が理由)。従って、安全面から言えば、水温30℃を超える日のウェットスーツ着用は、熱中症や脱水症を助長することに繋がりかねず、着用の義務化は本大会に限定して言えば撤廃する方向とし、2011年の本大会では推奨に改めた。
ウェットスーツの着用は、本来保温が目的であり、プラスの効果とマイナスの効果、そして付随的に浮力という救命上の効果を勘案し、リスクヘッジのプライオリティーを各大会で独自に検討すべきと思う。エイジグルーパー及び初心者のスイム力の向上度合い、スイム競技での事故時での発見状況を含めた事例等を今後研究していきたい。競技主管する立場で言えば、着用を任意とするのは勇気がいると思うが、スイム監視体制の強化、スイムスタートの改善、スイムコースの見直し等、セットで検討していく必要がある。
ITUが最近発表したウェットスーツの着用基準は、これまでの水温だけの考慮から気温をも対象を広げたことは興味深い。自然と対峙するトライアスロンを、環境影響や身体的影響といった様々な角度で捉え、検討の間口を広げ進化している象徴と言える。
B競技中止における大会成立の運用基準
2010年の当大会はスプリントへの単純変更だったため、スタート後の進行は、選手も審判員も大きな混乱はなかったが、競技途中で中止となった場合は、大会成立を含めフローが複雑なため、審判員への具体的な現場対応の周知が必要となる。緊急事態で混乱している状況下で、リザルトを参考に短時間での大会成立に向けた確認作業となるため、技術代表と審判長の確実な対応と力量が問われる。
・競技中の選手は各種目の競技中の周回を終えた時点で競技終了とする。
・順位は各カテゴリー出場者の1/3以上が終えた周回で認定する(出場者の1/3以上が終えた周回をもって競技成立とみなす)。
・当該周回に至らなかった選手は、終了した周回毎に順位付けして対応する。
・バイクを途中周回で終えた選手はランスタート計時を通過させ、ランを途中周回で終えた選手はフィニッシュ計時を通過させる。
・計時システムを導入している場合は、上記行程を実施することが、員数チェック(行方不明者の防止)と順位確定(競技の成立)を確実にする運営上のためのポイン
トと言える。
※バイク周回数チェックについて
2011年に上記対応を見直した際、当大会はバイク周回数を計時システムでチェックしていないため、400名近い周回数を正確に把握しリザルトに反映させることは不可能であることが判明したため、バイク競技中に競技中止となった場合は競技不成立とみなし、スイム記録を参考記録として掲載することとした。今後、大会成立ラインを整備していく上で、ランのみならずバイク周回数も計時システム導入が不可避か再検討する必要がある。
(9)具体的熱中症対策等
上記の変更基準や中止基準の整備は、あくまでも大会運営上の安全基準である。それ以前に熱中症患者をできるだけ出さない効果的な安全対策をどれだけ具体的に講じるかが、主催者に求められる安全対策である。渡良瀬遊水地同様、日陰の少ない河川敷や平地をコースとしている大会も多く(例;長良川、舞洲、厚木etc.)、今後情報交換し、アイデアを出し合っていきたい。
現状、この時期の大会での熱中症対策としては、前述したように、一日のうちで最高気温に到達する前、すなわち午前中に競技終了となるタイムスケジュールを組むことが、最大の効果が期待できると考えている。
それ以外に、導入には予算措置を伴うが、水源を確保できるコースであれば、コース内のシャワー、ミストファン、打ち水、水風呂の設置、エイドステーション増設等のほか、複数ドクターを含めたメディカル体制の充実等が考えられる(ちなみに、渡良瀬遊水地では、水の出しっ放しはNGのため、コース内シャワーは放水車等の別途調達が前提となる)。
併せて、選手各自の予防対策も求められる。前日に利尿効果のあるビール等を控えたり、先の世界選手権のマラソン選手も使用していた冷却効果のある首巻タイプのバナーを巻いたり(参加賞として配布)、最終要項や大会HP等に対策を直接呼びかけていきたい。渡良瀬大会では昨年よりドクター監修の熱中症の注意喚起チラシを当日配付している。
審判員も炎天下での作業となるため、水分補給も保冷バッグ等を用意し携行させ、ビブスはできるだけ避けポロシャツ着用を推奨し、審判員、スタッフへの配慮も励行すべきである。
(10)今後の展開について
2011年の渡良瀬大会は前々日の大雨の影響で中止となった。最後まで大会中止を回避するため、審判員・スタッフ総出で高台へのコース変更に奔走し、国交省にも相談の上、左記代替案で前日まではお墨付きをもらっていたが、当日、川の増水状況が改善せず遊水地全域が立入禁止となり、退避勧告を受け、万策尽き、先行開催の選手権のみ完結し、午前中での全員退避を決断した。
中止決定のタイミングが遅い、事前広報の掲載内容が曖昧である等のクレームがあったり、中止時の受付対応を打合せしていなかったため選手配付物に不手際があったり等、改善点を整理し、来年以降に活かしていきたいと思う。自然と対峙するトライアスロンであるが故に、自然の驚異を改めて認識する良い経験となった。幸いにも現地での冠水はなかったため、混乱なく全員退避ができたが、それは結果論でしかない。
安全最優先の決断とタイミングは全国のどの大会においても共通のテーマである。
今後、協賛金や補助金の拠出も厳しくなることは避けられず、首都圏の大会となると交通規制の問題もあり、その事業費における警備、設営の経費負担は膨大となる。トライアスロンの宿命であるスイム、バイク、ラン、そしてトランジションという行程が織りなす競技であるが故に、大会運営は手間隙がかかる。
それ故に、トライアスロンの運営には創意工夫の余地があり、興味や意欲を大いに掻き立てられる奥深さが潜んでいる。限りある事業費をどう配分するか、その最大効果を熟慮して身の丈にあった大会をイメージし、想定する事象やリスクへの対応を含めて是正・改善を繰り返していく、それこそが大会のグレードアップと大会継続の基本である。
我々競技団体は“トライアスロンの普及”というミッションを担っている以上、愚直でも、安全・競技・ホスピタリティという三位一体の満足感のある大会を、TMTU内や他連合とより一層連携し、これからも切磋琢磨して提供していきたい。